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最高裁判所第三小法廷 昭和29年(オ)648号 判決 1954年12月24日

上告人 川口一郎(仮名)

右訴訟代理人弁護士 米沢多助

被上告人 川口ヨネ(仮名)

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

論旨は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

昭和二九年(オ)第六四八号

上告人 川口一郎

被上告人 川口ヨネ

上告代理人弁護士米沢多助の上告理由

第一点原判決は上告人の控訴を棄却し被上告人の離婚請求を認めた第一審判決を支持しその理由として「よつて被控訴人が主張する控訴人の不貞行為及虐待等離婚原因の有無につき按ずるに原審証人村田ソデ、伊沢ヨシエ、原口栄一、原口ハナ、村田治郎、川口与助、田村時子、戸田富子の各供述に被控訴本人訊問(原審及当審)の結果を綜合すれば被控訴人と結婚した当時控訴人は一介の木挽職人であつたが夫婦よく協力し共稼して蓄財し事業も次第に盛大となり川口木材工業株式会社を設立してその社長となり建築請負兼木材業者として業界にも認められるに至つたところ事業が盛大となるにつれ遊里に出入するようになり女に対して所謂身持が悪く昭和二十四、五年頃知合の木村一江を数回呼寄せ他家の奥の室でひそかに飲酒する等夫のある同女との不倫行為を疑われ、その間病気勝ちとなつた、被控訴人を邪魔者扱にし円満であつた家庭生活にも風波の絶え間がない状態になり控訴人は飲酒しては被控訴人を「出て行け」「離縁する」等怒号し又他人の面前で「俺の妻は日本に二人とない馬鹿者だそれに引き更え長野の母ちやん(木村一江)は立派なものだ」など罵倒し、或は殴打したことも一再に止らず昭和二十五年六月被控訴人が〇〇手術の為め秋田〇〇病院に入院した際など手術後三四日目に病臥中の被控訴人に対し他人の面前で「何時迄金を使はせる気か退院したらすぐ離縁してやる未だ死なないのか、毒でも飲んでくたばれ」等怒号、罵倒したこと、昭和二十六年一月十二日夜金銭上の些細の事から喧嘩となり同じ様に暴言を吐き暴力を振つたので被控訴人は如何なる暴行を加えられるかも知れないと怖れると共に最早同居に堪え兼ねて控訴人方を逃出しその儘別居して今日に到つた事が認められる(中略)然しながら被控訴人が控訴人と別居後右木村一江の娘由子が被控訴人夫妻の一子一明と婚姻し一明夫婦は控訴人と同居し、従つて木村一江が控訴人方に出入して居り控訴人は全く婚姻を継続する意思のない事は被控訴本人訊問の結果により明白である。

以上肯認の事実は民法第七百七十条第一項第五号の継続し難い重大な事由ある場合に該当する」と説明しているが、仮に原判決が認定した様な事実があつたとしても右の様な暴言暴行が如何なる状況の下に行われたか換言すれば暴言暴行が被上告人の言動に依つて上告人を亢憤せしめた結果であるとせば原判決が認定した程度の暴言暴行があつたとしても売言葉に買言葉として認容しなければならない場合も考えられそれを以つて婚姻を継続し難い重大な事由とすることは出来ない況んや原判決も認定している様に上告人、被上告人は、元日雇稼業等をした教養の低い者である関係上言葉遺いも自然乱暴であることは当然であり、且つ三十余年の永い夫婦である為め互に無遠慮に言い争いをすることもあり得る事であるから表に現われた言動が一見乱暴の様であつても之を教養の高い文化人の言動と同一視することは出来ない。

元一介の日雇であつた上告人等夫婦は其の後木材業や建築請負業を始めて経理内容は兎も角現在相当多数の従業員を擁する事業を経営するに到つた点で一応成功者と見られ被上告人を所謂糟糠の妻と見るのも必ずしも間違つた観方とは言われないがこうした業者は事業規模が大きくなるに連れ交際も広くなり取引の必要から料理屋等で飲食することも少くないのであるが、所謂糟糠の妻は往々にして夫が料理屋等に出入することを嫉妬する傾向が強いものである、被上告人は生来嫉妬心の強い女であり且つ病身である為め上告人は被上告人の機嫌を取り事業が順調の時は毎年の如く温泉保養をさせたり、遊覧旅行をさせたりして被上告人に対しては夫として特別の配慮をして来たものであることは第一審及原審の証人の証言に依つて明らかであり被上告人も認めて争わない事実である。然るに被上告人は老年期に入るに従つて、嫉妬心が益々強くなり上告人の一挙一動を尽く猜疑心を以つて眺め之を女関係に結びつけて精神病者的な言動を為す様になり上告人も堪えかねて怒号した事もあるが腕力を用いた事はなかつたものである。

原判決が上告人と木村一江なる有夫の婦との関係を云々しているが業務関係で知り合いになりその為めの交渉のあつた事は事実であるが被上告人が之を肉体関係あるが如く邪推し而も一江の娘由子(一明の妻)の女学校時代之を上告人家に下宿せしめて一明との婚姻の原因を作つたのが被上告人でありながら一江に対する嫉妬心から自らその婚姻を妨害するなど到底常識では考へられない被上告人の言動である。被上告人の主張全体を綜合、判断すれば上告人が所謂身持が悪くなつて事業を顧みずそれが為事業や家族の生活が危殆に陥ちたと言うのではなく直接間接単純な嫉妬心に基因していることが覗われる、上告人は現在六十一歳被上告人は五十六歳で所謂嫉妬喧嘩をする年齢ではなく而かも結婚後三十年間円満であつた夫婦間が老年期に入つてから嫉妬が原因で破綻を見ることは極めて異例な事であり、従つて被上告人の精神状態が健全でない事を疑うべき充分な理由がある、昭和二十六年一月十二日些細な事で口論となり亢憤した被上告人が家出をして行衛不明となつた為め驚いた上告人や一人息子の一明が之を連れ戻すべく八方其の行衛を捜し廻つた事実は第一審の証人古畑三郎、川口明、佐田次郎、原審証人山村長治等の証言に依つて明らかであり、原審で数回に亘り熱心に和解勧告した事も老齢且つ病弱の被上告人を孤独の生活に追いやることなく夫や一人息子の下に連れ戻す為めの上告人の意思に基いたものである。

然るに被上告人は訴訟資金等を融通する高利貸や三百的な人物に欺されて行衛を昏まし本訴を提起し上告人の許に帰る意思なく盲目的に財産を目当として本訴を維持している者であるが、仮に原判決の如く上告人から被上告人に金弐百万円を支払つてもその大部分は徒らに高利貸や、三百的人物の懐中を肥すのみで二、三年にして直ちに路頭に迷う様な結果を見る事は明らかであり、一方現在の様な中小企業の極端な不況の下に事業資金にさえ苦しんでいる上告人が事業以外に右の様な多額の金員を調達することは不可能であり之を強制されれば破産状態に陥る危険も多分にある為め本訴離婚は結局上告人のみならず被上告人をも苦しめる結果となる、原判決は被上告人が上告人と情交関係ありと信じている木村一江の娘由子が上告人等の一人息子一明の妻である関係上一江も上告人家に出入りする状況の下では被上告人が上告人の下に帰る事は無理であるかの様に判断し離婚理由の一つとしている様であるが右一江は有夫の婦であり一人息子一明の妻の母であり上告人が之と肉体関係を結ぶことは勿論、そうした醜関係を継続することは常識的にも考えられない事であるが仮に百歩を譲つて一江が上告人家に出入しそれが為め上告人と同居することが被上告人にとつて好ましくないとすればその疑が晴れる迄他に、別居することも可能であり上告人はこの点を原審に於て強調したのであり原審も和解勧告に於てこの趣旨の勧告をしたものであるから当事者雙方が離婚する事に依り不幸な結果を見ることが明らかである本件の様な場合は仮に原判決認定の様な事実があつても離婚させることは相当でない。

民法第七百七十条第一項第五号の「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」とは同項第一号乃至第四号に列挙した場合と同様の重要さを有つた事実でその事実がある以上社会観念から見て婚姻を継続せしめることが離婚することよりも不幸な生活を夫婦の一方に強いることになり而かもそうした事実の発生原因が離婚を求める者の責に帰すべきでない場合に始めて離婚の請求が認められる法意である。

然るに本件の場合は被上告人自身の異状な精神状態即ち病的な嫉妬心が原因となつて自ら家を飛び出し他人の煽動に乗せられて離婚を求めている事前述の通りであり離婚が遠からず被上告人をして後悔せしめる様な事態を招くであろうことは容易に推測し得る事であるから、民法第七百七十条第二項の精神からも離婚を許すべきでない。

原判決は此の点に於て法律の解釈適用を誤つた違法があり破毀さるべきである。

以上

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